uncleyieのア・デイ・イン・ザ・ライフ
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エルトン・ジョンのアルバムを聴く『エルトン・ジョン』
 エルトン・ジョン2枚目のアルバム
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 エルトン・ジョン初来日コンサート・ツアーの時のチケット(1971年10月7日)
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 1997年9月、イギリスのダイアナ元皇太妃が自動車事故で急死し、追悼式があったが、その時テレビを観ていて驚いた。何故なら中年のあまり風采の冴えない小太りの男が追悼歌を歌っていたからである。誰だとよく見たらそれはエルトン・ジョンであったから二度びっくりである。かつてアルコール依存症、薬物依存症で低迷していたエルトン・ジョンだと知ると万感の思いがあった。

 思えば私がエルトン・ジョンをよく聴いていたのは高校生の頃だった。当初はあまり好きではなかったが、その頃、社会人になったばかりの姉が何処で仕入れた情報か知らないけれど、エルトン・ジョンが良いから聴けといいと言い出した。確か1970年にエルトン・ジョンの『僕の歌は君の歌(Your Song)』という歌が流行っていた。ピアノのイントロで始まりたおやかな優しい声で 
〜It's a little bit funny, this felling inside  I'm not one of those, who can casily hide〜 と歌われるエルトン・ジョンの最初のビッグヒット曲である。

 また間もなくして映画『フレンズ』が上映されていて、その主題曲をエルトン・ジョンが歌っていた。それでエルトン・ジョンはすっかり日本でも名が知れたミュージシャンになっていたと思う。 でも私はさほど好きではなかったが、エルトン・ジョンの2枚目のアルバムが出たというので姉は私に買え買えと催促する。それなら自分で買えばいいのにと思うけども、「今は金が無い」という。それなら高校生の私も金が無いのは同然である。でも姉が好きな音楽傾向は判っていたので、はずれは無いだろうと思い買ったアルバムがエルトン・ジョン自身2枚目の当アルバムである。

 エルトン・ジョンは1969年に『エンプティ・スカイ』というアルバムでデビューしていたが、ほとんど話題にもならなかった。だが2枚目の『エルトン・ジョン』が発売されるや、収録曲の『Your Song』が大ヒットし、一躍、人気アーティストとなった。自ら作曲しバラード調の曲からアップテンポの曲まで全般的にメロディアスで、特にバーニー・トーピンの詩と彼の曲とのバランスがよく「現代の吟遊詩人」「コンテンポラリー・ポップスの異端児」というキャッチ・フレーズが巧く時代とマッチしていたと感じるのである。また、あの頃はハード・ロックが全盛の時代で、メロディアスなポップスがだんだんと影を潜め、ポップスが過渡期にあったと思う。既にビートルズは解散していて、テクノポップスの台頭もあり新しい時代に洋楽は入っていた。だから私の姉が、「もう聴ききたい音楽はなくなってきた」と盛んに言っていた覚えがある。

 1971年秋だったが、そのエルトン・ジョンの初来日コンサートが東京と大阪で行なわれた。そして、早速、聴きに行くつもりでチケットを買おうと思い、夏にアルバイトで稼いだ金を工面していたら、姉が「お金を2人分出すから買って来て」と一万円を差し出した。何とも珍しいことがあるものだ。結局、私は姉とエルトン・ジョンのコンサートに行くことになった。

 当時、エルトン・ジョンは24歳の若者であった。でもステージに出てきたエルトン・ジョンは小柄で小太り、眼鏡をかけていて、今で言うキモメンの風采であった。でもピアノの前に座りピアノを奏でだし、よく通った声で歌を歌いだすと、まったく違う男に変身する。エルトン・ジョンはステージの上では輝いていた。コンサートは静かに始まったが、終盤で信じられないことが起こった。アップテンポの曲が続き(今となっては何を歌っていたのかよく覚えていない)、突然、エルトン・ジョンがピアノを弾いていたかと思うと、椅子を蹴飛ばして立ち上がりTシャツを脱ぎ、短パンだけの姿になった。胸毛が生えていて、お世辞にも恰好いいとはいえないが躍動していた。終いにはピアノの上で踊りながら歌いだしたので、聴衆は乗りに乗っている。私は唖然としたが隣の姉は喜んでいた。でもエルトン・ジョンにはこのような一面があることをその時に垣間見て、その後のエルトン・ジョンが変遷していく姿を伝え聞いてもあまり驚かなかった。

 最近はエルトン・ジョンどころか、私自身がポップスというか、ロックを聴かなくなったので、その後のことはよく知らない。だけどエルトン・ジョンがグラミー賞に輝いても、レコードの売り上げを記録しても、同姓愛者であることを公表して、同姓と結婚しても彼ならありうると感じた。つまりデビューした頃から、色んな要素を隠し持っていたエルトン・ジョンなのである。だから彼の多方面にわたる伝聞は、それもエルトン・ジョンであると再認識するしかないのである。

『Your Song』を歌う若き日のエルトン・ジョン。


 ダイアナ元皇太妃の追悼式で『Candle in the Wind』を歌うエルトン・ジョン。



この記事に対するコメント
こんにちは
 moondreamsさん、こんにちは。以前コメントしてくださった方ですね。
私は1970年前後、来日ミュージシャンのコンサートは片っ端から行ってました。若かったから体力が持ったのだと思います。

 エルトン・ジョンは「クロダイル・ロック」の頃は、ギンギンの恰好で大きなサングラスをかけて歌っていたので、驚きましたが、絶えず彼は変遷していたということがいえると思います。つまりどれもこれもエルトン・ジョンだったのででしょう。でもエルトン・ジョンは60歳を出ても、あのような音楽を提供し続ける辺り、たいへんなバイタリティーだと感じます。
【2008/07/13 17:32】 URL | uncleyie #- [ 編集]

エルトン・ジョン
1971年10月17日 エルトン・ジョン初来日コンサートの体験者だ〜!e-460
2ndのころは、きっとuncleyieさんにもエルトン・ジョン=吟遊詩人としてのカラーが強かったんですね。
僕は、もっと後(’70年代中盤〜)クロコダエル・ロックの頃(ロックンローラー、エンターティナー)彼が好きになりました。
レイ・クーパー(perc)と2人での武道館コンサート(1995)とフル・バンドスタイルでの大阪城ホール(2001)を観ました。前者は吟遊詩人としてのカラーがでていて古くからのファンには涙ものでした。モチロン後者のノリノリ・ロックコンサートも楽しかったな〜。
【2008/07/13 12:22】 URL | moondreams #Qi8cNrCA [ 編集]


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