uncleyieのア・デイ・イン・ザ・ライフ
趣味を中心に人生の日々を綴ります。時にはボヤくこともあります。
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uncleyieと申します。。ここでは趣味を中心に色々と書いていきたいと思います。音楽、映画を中心に、本、美術からスポーツ、競馬、芸能、時には時事問題まで、幅広い分野において話題に触れるつもりです。  またコメントなど頂ければ幸いです。当ブログはリンクフりーですのでよろしくお願いします。    なお、誹謗、中傷、冷やかしめいたコメントは遠慮なく削除させてもらいます。ご了承ください。

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高校野球も終わったが・・・・・
 このところ毎日、毎日、北京オリンピックのニュースばかりで、観るつもりはなくとも情報だけは垂れ流しのように入ってくる。それと昨日、ようやく閉幕したが高校野球と含めて、テレビは朝から晩までそればかり・・・・・。どちらも観る気はなかったが、新聞の紙面といいテレビのニュースといい、必ず大々的に報道するから結果は判ってしまう。

 北京オリンピックを何故に観ないかは、これまでに理由を何度も書いたから新たに書かないが、高校野球を観ない理由は、いくつかある。

 第1、高校生の野球を朝から晩まで、天下のNHKや朝日放送が生中継をする意味が判らない。
 第2、教育の一環といいながら、他の運動部と比較しても野球だけを特別扱いしている。
 第3、朝日新聞や毎日新聞が主催して過剰報道をしている。
 第4、高校野球連盟が腐っている。
 第5、野球留学生が全国で蔓延ってしまい、野球強豪高校の出現と、職業監督の出現を促進してしまい、その裏で金が舞っている。
 第6、クラブ活動の一環に過ぎないのに、もはやその域を超えて、それが目的になってしまっている。

 結局、高校野球というのは、新聞社が販売促進のために始めた大会であり、そこへラジオ中継、テレビ中継が加わって、次第と全国的な人気を得たがため、各地に野球強豪校を誕生させ、選手の青田買いから始まって、監督の引き抜き、野球留学生等を蔓延らせ、全国ネットでテレビ中継されることにより、スター的な扱いを受ける選手が出現してしまう・・・・・・。はたしてこれは教育の一環として行なっている大会の健全な姿かと、懐疑的になってしまう。もうNHKも朝日放送も全試合の生中継をやめたらどうかと思う・・・・・・・・・。もし中継するとしても、決勝だけとか。

 それに比べると同じ高校生の運動部でも、他のスポーツだとこれほどの過剰な報道の扱いを受けることは無く、インターハイと言ってもほとんど知られることは無い。このような理由で、私はあまり高校野球が好きではないのだが・・・・・。

 ただしこういったことに眼を瞑って言わせて貰うならば、最近の高校野球は大味な試合ばかりで面白くない。今年なんかは1イニングに10点やら、9点やら簡単に入ってしまう。これだとセーフティーリードはいったい何点なんだ・・・・。本当に打高投低でピッチャー受難の時代が続いているといってもいい。最近の高校野球しか知らない人は、こんなのが高校野球だと思っているかもしれない。でも私が高校生だった頃の高校野球は木製バットの時代だから、こんなに簡単に大量得点は入らなかったものだ。

 当時、非力な高校生達は木製バットを短く持ち、ミートを中心としたセンター返しに徹していた。だから外野手の守備位置も、今とは違って内野のすぐ後ろに守っていたものである。つまりプロ野球の外野手よりも10m近く、前に守っていた。だから外野手の頭を超えると長打に成り、時々ランニングホームランもあったものだ。そんな調子だから、木製バット時代の高校野球では、一大会でホームラン数が10本行くか行かないかで、今のように40本も50本もホームランが乱れ飛ぶ野球とは違っていたものである。

 こんな時代だら、高校野球というのはヒットか四球でランナーが出ると、送りバントかスチールで進塁させ、三塁にランナーがいるとスクイズというのがセオリーであった。でも今だと、金属バットのおかげで強打強打というのが定石かもしれない。その結果、ビッグイニングの大量得点が見込めるようになってというべきか・・・・・。本当にピッチャー受難の時代である。

 今だと昭和33年の徳島商業VS魚津、昭和44年の松山商業VS三沢の延長18回引き分け(両試合とも0対0)なんてことにはならないのかもしれない。つまり昭和49年の夏の大会から、金属バットの使用が許可されてから、高校野球そのものが変わってしまったのである。それまでの快速球がバットをへし折ってしまうという醍醐味は無くなり、今あるのは甲高い金属音と共に外野スタンドまで飛んでいく白球の姿ばかりである。結局、金属バット使用により、芯に当らずともボールは飛んで行くので、安易なスラッガーばかりが急造していまい、プロ野球に入って木製バットに変わると伸び悩んでしまうのだ。

 おそらく木製バットの時代と現代の金属バットの時代とでは、バッティングフォームも変化しただろう。今では、上半身を鍛えてパワーを身に付けた選手が飛距離を伸ばしているように思えるが、昔の木製バットの頃は、下半身が強くなくてはボールが飛んで行かなかった。それに真芯に当らないと木製バットは飛距離が伸びないので、技術の向上にもなったものである。だがバットの根っこや先でも当れば飛んで行く金属バットを見ていると、速く振り回すパワーさえ身に付ければボールは遠くに飛んでいくなあと意を強くした次第である。

 今さらよく折れる木製バットを使用しろとは言わない。でも金属バットが高校野球そのものを大味にしてしまったのである。一見派手な撃ち合いの応酬で面白いが、如何に一点を取るかということに拘った木製バット時代の高校野球を知るものにとっては、守りの野球の面白さをもっと知って欲しいとは思う。

 今から40年前の第50回記念大会の決勝戦。興国高校VS静岡商業。一点取るのに四苦八苦。当時はこのような試合が実に多かったものである。参考までにいうと、静岡商業の左腕投手は後に中退して巨人入りした新浦投手である。


冷やしうどんを食べる
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 ブログを復活させたものの、2日ほど更新が滞ってしまった。それはあまりに暑くて、デスクトップ型パソコンの置いてある部屋が2階の西日を受けるところにあるため、室内温度が40℃近くなるので、とても更新などやってられなかったからである。部屋を涼しくすればいいのだろうが、あいにくこの部屋にはエアコンは無く、日中はまるで蒸し風呂状態。こんな部屋に西日を浴びる午後、長時間パソコンの前に座っていると頭がくらくらしてきて、思考回路も働かずブログ更新どころではない。

 夜でも涼しければいいが、今年の夏に関しては陽が落ちても室内温度が30℃以下にならないので、ちょっと困っている。夜も寝苦しいから体全身がなんとなくだるい。それに食事にしてもひつこいものは食べたくないのでスタミナ不足になる。いよいよ盆が終わるが、残暑はいつまで続くことやら・・・・。それで何かあっさりした口当たりのいいものでも食べたいなあと、思いついたのが冷やしうどんである。よく定番で冷やし素麺とか、夏になると食べるだろうが、あの冷やし素麺が、私は嫌いではないが麺そのものが細すぎて食べた気がしない。だからどうせ食べるのなら、冷やし素麺よりもボリューム感のある冷やしうどんの方が食べた気がおこると思い、早速、食べてみたのである。

 讃岐うどん3人分の麺を沸騰した熱湯の中に放り込み茹でる。8の字型に掻き混ぜながら、麺をほぐしていく。かれこれ10分以上茹でるとうどんらしくなってきた。粉っぽくなくなって巧い具合に茹で上がっている。早速、鍋の中のうどんをザルに落とし、冷水でもみ洗いする。さらに氷を入れた冷水で麺を冷やし引き締めて出来上がりである。つけつゆにはネギ、生姜、刻み海苔を入れて頂くが、喉ごしがいい。暑い最中、あっという間に3人分の麺を食べてしまった。

 うどんは比較的、よく食べるのだが、冷やしうどんはあまり食べない。どうも私にはうどんというのは、熱い出汁の中に入ったかけうどん(大阪で言うところの素うどん)しか日頃、思いつかない。それも晩秋から、初春にかけての寒い時期にしか食べようとも思わないので、ましてや冷やしうどんなんて滅多に食べないのだ。でも最近は讃岐うどんが全国的に有名になったので、ぶっかけうどん、釜揚げうどんやこのような冷やしうどんを食べる人が増えてきた。そういった影響で私もたべてみたという次第である。それに私は、ラーメン、うどんと分けて考えると日頃からうどんを食べることの方が多い。

 主にうどんを食べるのは寒い時期が多く、当然のように熱い出汁に入ったかけうどんばかり食べているのだが、やはり昆布と煮干でとった風味のある淡口の出汁には、コシのある讃岐うどんよりもコシの弱い大阪のうどんの方が出汁に馴染むのか相性が良い。けども麺そのものを楽しむのには、コシのある讃岐うどんの方がいいだろう。讃岐うどんは生醤油をかけただけでも食べられるし、冷やしうどんにも向いている。

 口当たりが柔らかくて喉ごしがいいからスルスルと食べられるのだが、所詮は麺類である。それに具は無いから、すぐに腹が減ってしまう。冷やし素麺と同様で、酷暑の夏には向いているが、腹持ちがよくなく満腹感があまりないので、3時間も経たないうちに腹が減ってきて、冷凍たこ焼きをつまみ食いしていた。でも食欲のわかない夏には、冷やしうどんはもってこいかもしれない・・・・・・・・。

大阪のミスト散布
 大阪市役所前のミスト散布
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 先日、大阪の都心部に出かけたが、ミスト(霧)散布なるものを行なっていた。これはヒートアイランド対策のモデル事業として、昨年から全国の街角で行なわれているものだが、水道水に通常の10倍以上の圧力を加えてノズルから数10マイクロメートルの水粒を噴射させ、水が気化する際に周囲の熱を奪う性質を利用して気温を下げるというもので、ノズルから半径4〜6m程度の範囲で平均2〜3℃冷却効果があるという。粒子は細かく通行人が触れても濡れないというのが特徴で、今年は大阪市内に12ヶ所設置され、気温が30℃以上、湿度が70%以上になると自動的にミストが出る仕組みになっているとのことらしい。

 夏になると日本の都市は、このようなミスト散布を実施しているようだが、大阪は特に積極的なようだ。それというのも大阪の異様な暑さが原因しているのだろうが・・・・・。これはどうも大阪の地形と関係があるようで、西側は海に面しているからいいとしても、北側、東側、南側と三方向の後背を山が
囲んでいるから、熱が逃げないようだ。だから夏に関しては空気が動かなく、そこへヒートアイランド現象で、都市部の温度がより上昇するという矛盾がある。

 よく大阪は沖縄より暑いというが、真夏の最高気温で言うならば沖縄は35℃以上になることはあまり無い。それは海に囲まれているからという島独特の立地条件によるもので、毎日、35℃以上が当たり前の大阪の方が夏に関しては暑いということになるのだろう。たとえば1971年〜2000年における平均値によると、年間の真夏日(30℃以上)の平均日数の多さは、統計的に那覇(85.3日)、鹿児島(71.3日)、熊本(71.2日)、大阪(67.9日)の順になっている。上位は九州の都市で、そんな中に大阪が4番目に入っているというのも如何に暑いかという証明にでもなるところだろうが、那覇に関しては猛暑日を記録した日数となると、鹿児島、熊本、大阪よりも少なくて、意外と夏は涼しいということになる。それでその日の最高気温が猛暑日(35℃以上)を記録した日の多さでいうならば、熊本、大阪、京都、熊谷、岐阜の順になるそうだ。そして、8月に限っての最高気温の平均値となると、鹿児島と大阪が33℃と全国第1位で、3位が京都(32.9℃)というから数値の上でも大阪は日本でも有数の暑い都市ということがいえそうである。

 よく全国の最高気温を記録したということで、昔の山形の40℃とか、埼玉県の熊谷や岐阜県の内陸部などが、よく話題に上がるが、これらの街はフェーン現象が起きて、一時的に異常なほど気温が上がるという。でも1ヶ月、2ヶ月というスパンで考えると、やはり大阪の方が暑いということになるのだろう。

 だから灼熱都市の大阪でミスト散布をあちらこちらで実施しているというのも判らないでもないが、確かに近くを通ると幾分、涼しい。でもこの散布しているところから離れると、またまた猛烈な暑さが襲ってくるではないか・・・・・・。所詮は焼け石に水である。やはり地球温暖化の余波は大きく、いよいよ西日本は確実に亜熱帯地域に入ったといっても過言ではないだろう・・・・。



 
墓参り
 お盆だというので墓参りに行ってきた。でも京都の盆は基本的には旧暦で行なうところが多かったのだが、最近はそうでもないようだ。だがそれも宗派によってしきたりは違うので、一概に言えないだろうが、私の家系は代々から九州なので京都の古いしきたりはよく判らない。

 お盆とは先祖の霊を家に迎えて供養する行事で、これも中国からの伝来だといわれ、飛鳥時代から行なわれているというが、現代の若い人は墓参りなどするのだろうか・・・・・・。この習慣も徐々に薄れていくような気がするが、ご先祖様を供養するというしきたりは風化させないで、未来永劫受け継がれていってもいいとは思う。そうでもしないと自分のご先祖様のことを考える機会さえだんだんと失っていく。

 自分自身のことで言うならば、私の両親の親。つまり私からすれば父方の祖父、祖母、母方の祖父、祖母、いずれも私が生まれる前に4人ともこの世の人ではなかった。だから祖父や祖母のいる人が羨ましかった。だから両親のいない父や母が田舎に帰るという習慣も無くて、私は九州にいる大勢の従兄弟や伯父、伯母,叔父、叔母の顔も高校の頃まで知らなかった。最近はこちらに住んでいる従兄弟も何人かいるが、お互い滅多に交友がないので、親類だといわれても疎遠な関係ではある。だから私の父が亡くなって、墓を建てたときでも結局、九州ではなくてこちらに建てたという次第である。要するに墓は頻繁に供養する人が定住しているところに建てるのが一番良いのであって、滅多に行けないような遠方に墓を建ててしまうと、それこそ17回忌だとか33回忌だとかといった区切りの時でしか墓参りに行けなくなってしまう。だから都会で働いている多くの人が、このような盆の休みを利用して帰省し、墓参りをするのだろうが、墓が近くにある私などは、毎月1回は墓参りしているので、盆休みに墓参りだと特別なことをやらなくてもいいのだろうが、古くからのしきたりなどで習慣を途切れさす訳にも行かず、今日、墓参りと相成ったのだが・・・・・・・・・。とにかくこの暑さである。墓というのは大概、山の上にある。だから炎天下であるにも係わらず、急な山道を登って行った。

 標高で言うと100m以上あるところの山道を登って行く。暑くて暑くてめまいがする。全身汗だくになりながら、墓地までなんとか到着する。しかし、この日ばかりは墓参りの人が多くて、流石に盆だと認識するが、みんな車が一台通るのが精一杯の狭い山道を車で乗り付けて来るから困ってしまう。これだと汗もかかずにやって来る人ばかりで、墓地の狭い空き地は車で埋まってしまっている。時代の流れとはいえ、如何なものかと思ってしまう。歩行がおぼつかない老齢者や身体障害者ならいざ知らず、意外にも堂々たる体躯の若い人が大勢、車でやって来る。

 うーん、祖先の霊を弔ったり、供養するのもいいが、この盆の墓参りも形式ばかりでだんだんと心が伴わなくなってきているというのが、今日の墓参りで感じたことである。町から遠い墓地なら仕方が無いが、駅から歩いても15分以内でこれるような墓地なのに、車でやって来る人があまりに多いのには驚いた。こんなことでご先祖様を供養できるのであろうか・・・・・・老婆心ながら一言、言いたくなった。みんな汗をかきたくないのだな・・・・・。

盆休みに入りますが・・・・・
 お盆休みに入ったが、やっと盆かというほど今年の夏は長く感じる。これほど暑い夏は私の記憶の中では1994年以来かもしれない。と言っても最高気温を記録したとか言うのではなく、例年にも増して夏が長いということである。それは雨が皆目降らないからなのだが、京都地方に限っては7月の真夏日が31日もあった。つまり7月全てが真夏日であったということで、とにかく夏が長く感じるのである。それで7月20日以降に限っては、猛暑日でなかったのがたったの2日だけで、あとは全ての日が35℃以上という凄まじさである。でも昼間の暑さは何とか我慢するとしても、最低気温がほとんど27℃以上というのは参った。まさしく連日の熱帯夜である。これだから夜が寝苦しくて、不眠状態が続き、昼間に眠くなるし体はだるいときている。夏バテを防ぐのは水分を摂取して充分な睡眠をというが、これだけ夜が暑いとエアコン無しでは寝られない。でもCО2削減のためには、あまり電力を使わないのがいいのだろうが、自分の健康は自分で守るしかなくそうも言ってられない。本当に京都、大阪は暑い所だと思う。よくテレビの全国ニュースで、今日の東京は32℃もありましたなんて言っている時があるが、羨ましく感じる。東京は35℃を超えると、大騒ぎで「今日は猛暑日でした」と報道しているが、こちらはそんなの毎日だと叫びたくなる。

 昨年のことを考えてみると、7月の20日頃まで梅雨が明けずに、本格的な暑さがやってきたのは7月の下旬からだった。だから夏は短かったという印象があるが残暑は厳しかった。昨年は夏の到来が遅い分だけ10月まで30℃を超える日が続いていて秋らしい日がなかった。だから今年は夏が早く来て、夏が長い分だけ秋が早く来て欲しいという淡い期待も抱きつつあるのだが、やはり残暑も厳しいのだろうなあ・・・・・・・。本当に京都の夏はどうしようもない・・・・・・。

 こちらは暑い暑いと唸っているが、テレビの方は相変わらず北京オリンピックを連日のように中継している。でも私は観ないといった以上、ほとんど観ていない。でも結果はニュースで入ってくる。でも北京オリンピックの話題には触れるつもりは無い。オリンピック関係のネタなんて山ほどあるが、書かないといった以上、書かない。そんなおり、ロシアとグルジアの軍事衝突があった。グルジアなんていうのは、親米の国だけに、かつての冷戦構造を思い出させるが、終息に向ってるようで事なきを得た。やはり武力衝突は良くない。北京オリンピックを散々、扱き下ろしたあとで言うのも何だが、同じ戦いでも殺し合いよりはスポーツの戦いの方が、遥かにいいなあと感じた次第である。

花火大会
 一昨日の8月8日、帰宅時にちょうど『びわこ花火大会』が開かれていた。JRの電車に乗っているとびわこの浜大津付近で花火が打ち上げられているのが観てとれた。そういえば花火大会なんて、長らく行ってないなあと思いながら、ぼんやりと眺めていた。関西ではPL教団の花火大会が有名だが、人が集中的に混雑するイベントというのが大嫌いな小生としては行く気も起こらない。また大阪の十三でも最近は毎年のように花火大会が催されているが、見物客はおよそ100万人だという。それで花火大会が終了すると、その人たちが一斉に帰宅の途につくので大混雑の極みとなる。だから帰りは電車に乗るのに2時間も3時間もかかってしまい、下手をすれば家に帰れなくなる。みんなそこまでして花火を観たいのかと思うが、とにかく日本人は花火が好きである。それは日本人の探究心がそうさせるのか、世界でも珍しい新種の花火が披露されるからで、実にカラフルなのだ。それに比べると西洋の花火は丸く拡がらず枝垂れ柳のようにパーンと火の粉が落ちていくように観えて、色彩も単純で種類も少ない。だから海外の花火と比較すると日本の花火は観ていて飽きないというのもある。

 そもそも花火というのは中国で始まったとされるが、日本で製造されるのは16世紀とされる。時代からすると戦国時代だろうか。おそらく鉄砲伝来と前後するのだろう。でも見世物として盛んになったのは江戸時代に入ってからといわれ、この時代に有名な花火業者が出現している。その人が鍵屋弥兵衛である。弥兵衛は奈良・吉野の人で、1659年江戸の両国に店を構えた。それが『鍵屋』である。その後、『鍵屋』の手代であった清吉が1810年に暖簾分けをして、やはり両国に『玉屋』を開業する。そういった経緯があって、花火の打ち上げの時に「鍵屋! 玉屋!」という掛け声を叫ぶようになったということである。

 ところで電車から花火大会を観ていたが、花火の種類も色々あって、最近はさらに増えているなあと感じる。今から30年以上前に、私は奄美大島で花火大会を見学したことがあるが、その時代から比べると格段に種類が増えている。一般的に打ち上げ花火というのには基本的に菊、牡丹、錦冠(にしきかむろ)、銀冠(ぎんかむろ)、蜂、椰子、分砲、葉落、柳、千輪、虎の尾などがあって、そこに型物といわれる種類がある。これらには土星、UFО、リングと様々あり、そこにスターマインという速射連発花火が加わるのだ。だから少なくとも北京オリンピックの開会式で打ち上げられた花火よりも、日本の各地で打ち上げられる花火の方が多彩で絢爛豪華である。

 日本の花火というのは今や、種類にしろ色彩にしろ世界において冠たるものであろう。だからみんな浴衣を着て、どれだけ人で混雑しようが花火大会というと眼の色を変えて見学に行くのかもしれない。
でも朝早くから炎天下で席取りをしてまで、花火を特等席で観ようという執念は私には無い。そういえば電車からぼんやりと打ちあがる花火を観ていたら、何時の間にか電車が膳所に到着した。すると溢れんばかりの人が乗ってきたではないか。まだ花火大会も終わってないのに、帰宅を急ぐ人で電車が瞬くに超満員になった。でも駅のホームに溢れている人たち全てを捌き切れなくて、積み残しの人が大勢いた。だが次の大津駅でも同様で、さらに大勢の人が乗り込んできて、電車に入りきれない人で混雑し、電車が大幅に遅れてしまった。ああ、仕事帰りのこちらとしてはいい迷惑である。だから花火大会は行きたくないというのが、正直な気持ちであるが、こんな時、花火大会会場近くの超高層マンションに住んでいる住民というのは、夏になると恩恵に授かるのだなあと意を強くしたのである。

PL教団の花火大会


北京オリンピックが始まったが・・・・・
 昨日、帰宅したのが午後9時を大きく回っていた。汗だくになって部屋に入るなり、エアコンを入れて一服する。そして、NHKのニュースでも見ようかとテレビのスイッチを入れたものの、ニュースではなく北京オリンピックの開会式の生中継を放映していた。

 ああ、そうか北京オリンピックの開会式は夜に行なうのか・・・・・・・。昔はオリンピックの開会式というと昼間に行なうもので、整然とした選手の入場から始まって、開会宣言、大会旗掲揚、選手宣誓、聖火の点火と決まっていたが、1992年のバルセロナ・オリンピックあたりから夕方〜夜に開会式を行なうようになってしまったようだ。理由は色々とあるが、だんだんとショー化するオリンピックの開会式そのものを夜に行なった方が、炎や照明を駆使して、より幻想的で印象的な演出が可能になるからと考えられるからだろう。

 それで当初から北京オリンピックに懐疑的だった私自身も、その演出に見入ってしまい暫くはテレビの画面から視線を逸らせなくなってしまった。でもだんだんと佳境に入るにしたがって嫌気がさしてきて、とうとうテレビを切ってしまった。開会式では悠久の歴史を誇る中国の文化と発明品に拘り、紙を作っているところや印刷技術を紹介した映像、古い山水画から現代の宇宙開発にいたるまで、中国が如何に凄いかというところをこれでもかこれでもかと見せ付けるのに辟易してしまったからである。世界的イベントであるオリンピックを利用して、国家の力を誇示したいのはわかるが、ここまで鮮烈にアピールされるとチャン・イーモウの演出をもってしても、それ以上に中国という中華思想に毒された国の慢心ばかりが鼻についてしまう。能天気にイベントだから楽しいと見入ってしまう人には華麗なショーであろうが、皮肉屋の私としては一言二言、言いたくなってしまった。

 中国はいったい何のためにオリンピック開催にこじつけたのか・・・・・・・・。それは国際化した民主的な中国がここまで素晴らしい国になったのだという事実を世界にアピールしたかったからであって、大会のスローガンOne World,One Dreamであるということらしい・・・・・。

 でもそれは表向きであって、真実は世界に冠たる中国は今後も発展し続け、世界にその威信と実力を誇示するために、現代中国の強大さ長大さをぜひ世界の隅々まで浸透させなければならず、その目的の手段として世界中が注目するオリンピックを利用したということなのだろう。

 別にオリンピックを開催してもらっても結構だが、国家プロジェクトで単なるスポーツ・イベントにしか過ぎない五輪を、国の実力を誇示するための大いなる手段として利用していることは何処から見ても見え見えなので、私としてはその辺り今回のオリンピックは当初から嫌悪感しかなかった。

 中国はこのオリンピック開催にどれたけの金をつぎ込んでいるのだろうか・・・・・・・。慢性的に水不足の北京に水を供給しなくてはならないというので、数年も前から北京周辺の農民の水田に水を送らなくなり、彼らには米の生産をやめさせてトウモロコシの生産に切り替えるように一方的に命令を下し、北京の貧相部落の住民は追い出し、一方的に住居を破壊して近代的な超高層ビル街に変えてしまったり、内陸部に住む出稼ぎ農民には、北京オリンピックの間は目立つし邪魔になるというので、一方的に故郷へ送り返したり、急激に増えつつある自動車のために交通停滞が慢性的に起こりつつあり、それを防ぐ意味で強制的な規制をしたり、とにかくオリンピック開催のためには、人民の生活を踏みにじろうともお構いなし。すでに少数民族を弾圧しているところは誰もが知っている歴然たる事実であるが、中国政府は臭いものには蓋をしようという隠微体質で、一向に透明化されない体制下にある。

 『一つの世界、一つの夢』だなんて、表向きは建前で如何にも平和の祭典を開催するのに都合の良いスローガンを掲げて、どうにかオリンピック開催に邁進してきただろうが、やはり表と裏では180度違う顔が見え隠れしている。だからどうも北京オリンピックは純粋に私としては楽しめないし見れないのである。
 
 おそらく中国は国家プロジェクトで、オリンピック開催が決定した時から全国の有望な少年少女を集め、優秀なコーチとそれを科学的に支えるサポート団と医師団が中心になって、ありとあらゆる競技に選手を送り込んできて、金メダル50個ぐらい獲るつもりでオリンピックに望んでいるだろう。たぶん50個ぐらい金メダルを獲るかもしれない・・・・・。それが国の力を誇示するのに必要だと考えている国だから、個人や一企業が中心になって選手を送り込んでいる日本とは違うのである。おそらく今回のオリンピックは日本には逆風が吹くだろうと私は考えている。前回のアテネのように日本勢は好成績を挙げられない。それは中国という巨大な組織を後ろ盾に持っている国家プロが大挙して参加するオリンピックに関してはなおさらだ・・・・・。それでいて中国人は中国が金メダルを獲るごとに歓喜して大騒ぎするのだろう。それがオリンピックというものであり、異様なナショナリズムを高揚させる代理戦争のようなイベントだと考えてるのかもしれない。こんな国でオリンピックを開催すると、日本のようなスポーツに金をかけない国の選手達は哀れなものである。いっそのことボイコットすればよかったのにと思うが、既に日本選手団は北京入りしている。今さら参加するななんていえないが、中国人の心ないブーイングに耐えて、金メダルなんていらないから、各自、精一杯実力を出し切ってもらいたいと思う。どうせ中国に有利な判定が加わるのは判っているのだから、それを乗り越えて戦わなくてはならないのである。

 つまりオリンピックとは中国のような国においては、国民のナショナリズムを高揚させるのに都合の良いイベントであり、民主化弾圧を行なおうが、人権を踏みにじろうが、少数民族を制圧しようが、オリンピックを強行開催することにより、それらの意識を逸らすのには絶好の機会と考えているのである。だから北京オリンピックに対しては、私は興味も無ければ関心もない。だから観るつもりもない。せめてオリンピックから国家という柵を取り除いて、栄誉は選手個人か、競技の団体に送られるべきであって、何時までたっても国別メダル獲得数を競いあい、国旗掲揚と国歌吹奏なんてナショナリズムを奮い立たすようなことばかりやっているようなオリンピックは、やはり20世紀の遺物といわれても仕方が無いと思うけど・・・・・。

どうにか復活しました
 PCの前に座って記事を書くのは約半月振りとなる。パソコンの電源が途中で落ちてしまい、どうにもこうにもいかなかったが、この間に色々とパソコン内の掃除を含め、応急処置を施してみたらどうにか動くようになり、3時間電源を入れっぱなしでも落ちなくなった。でもパソコンそのものが古く、またいつ調子が悪くなるか判らない状態なので、ブログ中断もまた有り得るかもしれないが、一応、今のところ大丈夫なのでブログを細々と再開する事にいたしました。でも近々、新しいパソコンの購入も考えているのであるがそれも何時になるやら・・・・。

 だから以前ほどのペースでブログの更新はできないだろけども、蝸牛が進むようにゆっくりと更新をすることにいたしましたので、今後ともよろしくお願いします。