uncleyieのア・デイ・イン・ザ・ライフ
趣味を中心に人生の日々を綴ります。時にはボヤくこともあります。
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サマセット・モームを読む・・・・・『月と六ペンス』
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 イギリスで最も通俗的作家といわれたサマセット・モームが『月と六ペンス』を書いたのは、1919年だという。ちょうど第一次世界大戦が終わった頃であり、それ以前に諜報員として働いたが、激務により健康を害し、サナトリウムで静養中に書き上げた。題材は画家ポール・ゴーギャンの伝記からヒントを得て書いたとされる。

 簡単な筋書きを言うと・・・・・主人公チャールズ・ストリックランドは株式仲買人で世間的には地位があり、妻も二人の子供いる。ところがストリックランドは絵を描きたいがために17年間連れ添った妻と、二人の子供を振り捨てて家出をしたという。ストリックランドはとっくの昔に青春を失った人間であり、これから画家になるというのには手遅れの年齢であった。でもストリックランドが言うには、「とにかく描かないではいられない。水に落ちた人間は泳ぎが上手かろうが下手であろうが何かをして助けなければならない。助けなければ溺れてしまうだけだ」と力説するのであった。

 またダーク・ストルーヴというオランダの画家がいた。彼はスリックランドをの才能を見抜き、ストリックランドに親切の限りを尽くすが、一方では大変なお人好しであった。ストリックランドが熱病で魘されていたとき、ストルーヴの妻ブランシュが反対するのにもかまわず、自宅に引き取って看護をしてしまう。ストリックランドを嫌っていたブランシュも仕方なく看病する。するとストリックランドはブランシュに情熱を感じ、ストルーヴからブランシュを奪ってしまう。ブランシュはストリックランドの利己主義、身勝手、薄情に呆れ果て悲しんで服毒自殺してしまう。ストルーヴは妻の死に絶望し、オランダへ帰ってしまう。

 ストリックランドはタヒチへ渡り、自分の魂を見つけたのかタヒチにすっかり同化してしまい原住民の女アタを妻として画に没頭する。その後、ストリックランドは不可思議な大壁画を残してレプラに罹り死んでしまう。

 この『月と六ペンス』の主人公ストリックランドは、何とも我がままで身勝手で利己主義で、何事にも私情を優先する。友人の親切を仇で返すように友人の妻を寝取り、挙句の果てには友人の妻を自殺までに追い込んでいる。それでいて良心の呵責も感じず、17年間連れ添った妻子を捨てて、タヒチまで渡っている。この小説を読んだ時、通俗的ではあるが、どこか非人間性の宿る化け物というべき人間が、側面では芸術に打ち込み出すと別の悪魔が乗り移ったのではないかというほど、芸術至上主義的人間に変質する。同じ人間に宿る二面性、人間性の欠片も無い心の片隅で、実は芸術への情熱が何よりも優先するという社会常識の断片をも持ち合わせない人間を、通俗的に見せることで、小説をより情熱的に表現できるとモームは考えていたのだろうか。

 現実的に言ってモーム自身が語るように、ポール・ゴーギャンの生涯にヒントを得て書いた小説なのであるが、ストリックランドとゴーギャンは、似て非なるものでストリックランドの人格というものは、おそらくモームの心の中にある芸術的人間というものの欠陥性を言い表わしているのかもしれない。この小説の主人公はゴーギャンとは異質のものであるし、たぶんにゴッホやセザンヌ的な要素を幾分か含まれているようである。

 総体的にこの小説は、現代小説の持つ心理描写があまりなされず、ストリックランドが、何故このような行動にまで走ったかという動機づけに無頓着である。それが現代小説らしくなく、モームの持つ通俗性というものであろうか・・・・。