思えば私がエルトン・ジョンをよく聴いていたのは高校生の頃だった。当初はあまり好きではなかったが、その頃、社会人になったばかりの姉が何処で仕入れた情報か知らないけれど、エルトン・ジョンが良いから聴けといいと言い出した。確か1970年にエルトン・ジョンの『僕の歌は君の歌(Your Song)』という歌が流行っていた。ピアノのイントロで始まりたおやかな優しい声で 〜It's a little bit funny, this felling inside I'm not one of those, who can casily hide〜 と歌われるエルトン・ジョンの最初のビッグヒット曲である。
この通称CSN&Yの『デジャ・ヴ』は才能のある4人の個性が集約された名盤で、発売されるや爆発的に売れたのである。収録曲は『Carry On』『Teach Your Children』『Almost Cut My Hair』『Helpless』『Woodstock』『Deja Vu』『Our House』『4+20』『Coutry Girl』『Everybody I Love You』の10曲で、冒頭の曲『キャリー・オン』はスティーヴン・スティルスの作で、アコースティック・サウンドとエレキ・サウンド混合の名曲で彼らのハーモニーがフルに発揮される。『ティーチ・ユア・チュールドレン』『アワ・ハウス』は何れもグラハム・ナッシュの曲で、『ティーチ・ユア・チュールドレン』は映画『小さな恋のメロディ』にも挿入された優しい曲である。『オールモスト・カット・マイ・ヘアー』『デジャ・ヴ』はデヴィッド・クロスビーの作になり、『ヘルプレス』はニール・ヤングの曲で、映画『いちご白書』の中で使われていた。ニール・ヤングの甲高い声が少し気になるが、印象に残る曲である。このように彼ら4人の曲が集合し完成したアルバムが『デジャ・ヴ』で、唯一、『ウッドストック』はジョニ・ミッチェルの作である。でもCSN&Yが演奏した、このアルバムに入っている『ウッドストック』が映画『ウッドストック』のタイトル曲に使われたのである。
ジェーファーソン・エアプレインは1965年にメンバーが集まり1966年にデビューしたが、当初はさほど有名では無かった。それがオリジナル・メンバーであったシグニ・トリー・アンダーソンに代わり、グレース・スリックが入ったことで音楽に幅が出来、1967年に2枚目のアルバム『シュールリアスティック・ピロー』をリリースしたことにより、挿入曲『Somebody To Love』『White Rabbit』の2曲がヒットしたのである。これにより1967年8月、アルバム『シュールリアスティック・ピロー』は、アルバム売り上げでビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に次いで第2位になり、RIAA公認のミリオン・ダラーLPとなり、ジェファーソン・エアプレインはトップグループとして飛翔するのであった。
ジミ・ヘンドリックスが登場したのは、3日目の朝で観衆の大勢が帰ってしまっていた。だから観衆の盛り上がりもいまひとつであったが、私は映画のスクリーンから映し出されるジミ・ヘンドリックスに圧倒されたことはいうまでもない。登場するやいきなり『アメリカ国歌』を演奏し始めたのである。それも右利き用のギターを逆さにして、右手で弦をおさえ、左で弦をつまびくというとんでもない奏法で演奏するのである。『アメリカ国歌』のメロディの途中に、爆弾の破裂音や機関銃の効果音をギターで弾きこなし、当時、泥沼化していたベトナム戦争への大いなる皮肉を表現したのであった。そして、『アメリカ国歌』に続いて、激しい重低音と共に『Purple Haze』のイントロが始まり・・・・・・・Purple Haze was in my brain,lately things don't seem the same,actin' funny but I don't know why 'scuse me while I kiss the sky.・・・・・とジミ・ヘンドリックスのシャウトする声が館内に轟いていて、これが噂のジミ・ヘンドリックスかと思った。とにかく歯でギターを弾いたり、ギターを壊したり燃やしたりするパフォーマンスと卓越したギター演奏でそれ以前から有名であった。でも今と違って、当時は海外のロック・ミュージシャンの動く映像に触れることは簡単にできない時代であり、ラジオでも流行のポップスはよく聴かれるが、ジミ・ヘンドリックスあたりになると、マニアックな者しか聴かない音楽であった。だから私がまともなジミ・ヘンドリックスの動く映像を観たのは、この時が最初であった。その後はテレビでもジミ・ヘンドリックスの映像を良く取り上げるようになっていたと思うが、残念ながら『ウッドストック』の映画が上映されてから、一ヵ月後の1970年9月13日、ジミ・ヘンドリックスは27歳という若さで亡くなった。
ママス&パパスは、1965年にデビューし、1966年初頭に『夢のカリフォルニア』が大ヒットし一躍有名になった。その後は、『マンデー・マンデー』が大ヒット、『アイ・ソー・ハー・アゲイン』『愛する君に(Dedicated To The One I Love)』『愛の言葉(Words Of Love)』等のヒット曲を出すが、最初のヒット曲『夢のカリフォルニア』の印象が強すぎて、私はあまり心を動かされなかった。